今年の5月29日、アメリカのFDA(食品医薬品局)が、医療機器のユーザビリティに関する新しいガイダンスを最終化しました。タイトルは Content of Human Factors Information in Medical Device Marketing Submissions。日本語にすれば「医療機器の申請に、ヒューマンファクター情報をどこまで載せるか」です。

対象は、アメリカで医療機器を売るための審査手続きです。手続きは主に2つ。大半の機器が通る510(k)(既存機器との同等性を示す届出)と、植込み型など高リスク機器のPMA(承認申請)で、日本のメーカーも米国で売るならどちらかを通ります。ガイダンスに法的な拘束力はありませんが、FDAの審査官はこれに沿って審査します。8月1日以降の申請から適用が始まり、電子申請の様式(eSTAR)も入力欄がこの枠組みに沿った新版に変わりました。

私たちは薬事の専門家ではありません。装置の操作部や画面をつくる、設計側の会社です。その目線でこの文書の中身を追ってみると、「ユーザビリティ試験をやるか、やらないか」という薬事の判断に、設計の仕事が思った以上に深く関わっていました。

新ガイダンスが決めたこと提出する情報は、4つの分岐で決まる

4つの質問でカテゴリが決まる

ガイダンスの中心は1枚のフローチャートです。4つの問いに順番に答えると、提出すべきヒューマンファクター情報のカテゴリが決まります。

  • 分岐A:承認済み機器の変更か(自社の既販品と同等のUIを流用する新機器も、変更側として扱われます)
  • 分岐B:その変更は、UI・想定ユーザー・使用目的・使用環境・トレーニング・ラベリングのどれかに触れるか。触れなければカテゴリ1
  • 分岐C:クリティカルタスクが新たに生まれるか、既存のものが影響を受けるか。該当がなければカテゴリ2
  • 分岐D:それでも試験データを出すべきか。出さない理由を筋道立てて示せればカテゴリ2、出すならカテゴリ3

分岐Cのクリティカルタスクが鍵になる言葉です。誤って行うと、あるいは行わないと、患者や使用者の重篤な危害につながる操作のことで、FDAの定義では医療の質の低下も危害に含まれます。投与量の設定、透析液の接続、アラームへの対応などが該当します。

カテゴリごとに出すものは、次のように積み上がります。

  • カテゴリ1:結論と簡単な概要だけ。「この変更は操作に影響しない」という説明で足ります
  • カテゴリ2:試験はなし。代わりに使用関連リスク分析(URRA。どの操作でどんな間違いが起き、どんな危害につながるかの一覧表)、UIの説明、同種機器の既知の使用問題のまとめ、「試験なしで大丈夫」といえる根拠
  • カテゴリ3:カテゴリ2の内容に加えて、開発中の評価の要約から検証試験の計画・結果・分析まで、報告書一式
FDAヒューマンファクター情報のカテゴリ判定フローチャート。分岐A(承認済み機器の変更か)から分岐B・C・Dを経て、カテゴリ1・2・3のいずれかに着地する。各カテゴリの箱に提出物の一覧が書かれており、カテゴリ3はカテゴリ2の内容すべてに加えてHF検証試験が必須になる
判定フローと提出物。ガイダンスのフローチャート(Figure 1)をもとに作成。タップで拡大できます。

同じポンプでも、変更の内容でカテゴリが変わる

ガイダンスには実例が付いています。分かりやすいのが植込み型輸液ポンプの2つの変更です。体内に埋め込んで鎮痛薬などを少しずつ送り続ける装置で、投与の設定は医師が体外の操作端末から行います。

1つめは、薬をためるタンク(リザーバ)の拡大。容量表示は変わりますが、薬の濃度も投与量の計算も操作手順も変わりません。操作に影響しないので、試験データなしのカテゴリ2で済みます。

2つめは、医師が使う操作端末をモノクロ画面からフルカラーのタッチパネルに刷新し、アイコンも一新するもの。装置の中身は同じでも、医師の操作はほぼ全部変わります。輸液ポンプはもともと押し間違いなどの使用エラーが多いと知られる機器でもあり、これはカテゴリ3。リスク分析から検証試験の結果まで、フルセットの提出になります。

装置の機能は同じでも、人が触る部分を作り直すと、審査は重くなります。 逆の例もあり、新規の採血用ランセット(指先から1滴採血する使い捨て器具)は、操作を誤れば危ないタスクを持ちながらも、仕組みが単純で同種製品の長い実績があることを理由にカテゴリ2に収まっています。

試験データを出さない選択肢が新しく加わった

クリティカルタスクがあっても、UIの使用実績・複雑さ・既存のリスク対策の十分性を示せれば、試験データなしで申請できます。これが最後の分岐Dで、2022年のドラフト版には無く、最終版で加わりました。FDAの説明会でも、担当者自身が「最も裁量が働く分岐」と話していました。

ただし、省けるのは提出だけで、文書は作って残しておく必要があります。提出しない場合でも、ヒューマンファクター情報は社内で保持し、FDAが品質管理体制を調べに来たとき(QMSR査察)に示せるようにしておくこと、と書かれているからです。

設計の現場から見ると設計中の記録が、申請の材料になる

どのカテゴリになりそうかは、企画の段階でわかる

ガイダンスは「接続・切断・選択の手順が多い機器」や「輸液ポンプのように使用エラーの履歴がある機器」を、試験データが必要になりやすい例として名指ししています。操作手順の数は、増えても減ってもクリティカルタスクへの影響として数えられます。 手順が減るのは良い変更のはずですが、審査上は「影響あり」です。

だとすると、画面や操作部の刷新は、企画の時点で「どの操作に触れる変更か」を一覧にしておくのが得策です。カテゴリ3に向かうのか、根拠を揃えてカテゴリ2を狙えるのか、早い段階で見当がつきます。申請直前に判明するのとでは、スケジュールの立て方がまるで変わります。

FDAが挙げる根拠は、ふだんの設計検討と同じ

カテゴリ2の根拠としてFDAが挙げるのは、旧機種とのラベリング比較、タスク分析の比較、実機の比較、既知の使用問題の分析、開発中の形成的評価(試作を使ってもらって問題を拾う評価)の記録です。

どれも設計の過程で普段からやっている検討で、違いは規格の言葉と様式で残っているかどうか。設計中の比較メモや評価記録が、数年後の申請の材料になる。この文書を読んで、設計段階の記録の価値がひとつ上がったと感じました。

これはアメリカの申請の話ですが、土台にあるのはIEC 62366-1(JIS T 62366-1)と同じ考え方で、原文はFDAのサイトで無料で読めます(ガイダンス本文2016年のプロセス編)。操作画面側の話は、装置と一緒に使うGUIは、画面の中だけでは決まらないに書いています。

試験を出すかどうかを最終的に決めるのは、薬事の仕事です。ただ、その判断を支える材料は、操作部や画面を設計している最中にしか作れません。規格の文書でありながら、中身は設計の話でした。

手元の開発品でどこまで検討できているか、下のサイトでチェックできます。ぜひお試しください。

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