取扱説明書をつくる側からすると、写真とイラストが入り混じったマニュアルは、意外と悩ましいものです。手元にある写真をとりあえず載せて、足りないところは線画で補う。そうやってページごとに絵の“見え方”がばらつくと、装置は同じでも、資料としてのまとまりは崩れていきます。
しかも、それを読むのは現場の人です。操作を誤れないユーザーが、ばらついた説明の前で迷えば、使い勝手の問題に、ときには安全の問題にもつながりかねません。分かりやすくするつもりで写真を足したのに、かえってごちゃつく。 これは、写真が「写したいものだけでなく、写したくないものまで全部写してしまう」から起こります。
逆に、必要なところだけを必要なだけ詳しく描けるのがテクニカルイラストです。詳しさとシンプルさは、ぶつかり合うものではありません。


同じ部品でも、写真は手前しかピントが合わず情報を拾いにくい。イラストなら、必要な形だけを均一に、迷わず追える。
写真は、要らないものまで写してしまう
たとえば配線です。どんな装置にも、ケーブルや配管のごちゃごちゃは付きものです。写真は、そのごちゃごちゃをそのまま写します。だから、コネクタの位置も配線のルートも、周りの無数のケーブルに紛れて読み取れません。「どこからどこへつながっているか」という、説明でいちばん見せたい一本が、情報の多さに埋もれてしまいます。
イラストなら、ここを描き分けられます。必要な配線だけを残して、色を分ける。 それだけで、たどるべき経路がすっと目に入ります。写真が全部を写すのに対して、イラストは説明に必要な一部だけを選び取れます。
イラストは、濃淡をつけて「選べる」
テクニカルイラストの強みは、描くものを選べることです。CADから起こすと出てくる余計な線や、説明に関係のない部品は省く。逆に、ボタンのように操作で触れる部分は、輪郭線を太くして際立たせます。
一方で、伝えるべき配線や配管は実物どおりに忠実に描きます。ただし、重なって見える線や、なくても伝わる線は削る。細部は正確なのに、絵全体には無駄がない。 詳しさとシンプルさが同居するのは、写真のように何もかも均一に写すのではなく、濃いところと薄いところを描き手が決められるからです。


写真では周りの部品や配管まで入り混じるが、イラストにすると、たどるべき経路と必要な部分だけが残る。
「何を見せ、何を省くか」は、実機が分かって決まる
とくに動きを説明するときは、この“濃淡”がものを言います。見せなくていい部分は思い切って削除し、見せたい部分は大げさなくらい強調する。強調したいところは網掛けや矢印で、背景に残すところは薄いグレーで“その場の雰囲気”だけ。 そうやってメリハリをつけると、手順がぐっと伝わりやすくなります。
ただ、「ここは省いていい」「ここは残さないと誤解される」の線引きは、簡単ではありません。実機の構造が頭に入っていて初めて、迷わずに決められます。 だから、見た目を整えるだけでなく、設計や筐体まで理解したうえで絵に起こしています。
混在していた写真とイラストを一つの絵の言葉に揃えるとき、最初にいくつかの“作法”を決めておきます。パースをつけない平行投影で描く。線の太さは2種類ほど。網掛けのグレーは一色に統一。文字のフォントとサイズも2種類くらい。 きつすぎない、でも明確なルールです。これだけで絵に統一感が生まれ、描く側も迷いません。
揃えることの効果は、見た目だけではありません。無駄な線を省いたイラストは、指示線やテキストがそのまま映えます。 写真は文字が入れにくく、注釈を載せると余計にごちゃつきますが、整理されたイラストなら説明の文字までがきれいに収まります。マニュアルが「作りやすく、読みやすく」なる。統一感は、見た目だけの話ではありません。
取扱説明書は、情報を足すほど親切になるとは限りません。 大事なのは、何を見せて、何を省くか。実機を理解した目でその選択ができるかどうかで、テクニカルイラストの伝わり方は変わります。詳しさとシンプルさは、そうやって両立します。
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